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72年目の終戦記念日に思う

 投稿者:徳永 博  投稿日:2017年 8月10日(木)22時47分40秒
返信・引用
   最近、稲垣真美の「兵役を拒否した日本人」(岩波新書F19 1972)を入手し読んだ。
 この書は1933年から45年にかけて、キリスト教の一集団である灯台社の人たちが、兵役拒否、宮城遥拝を拒否し、安寧秩序を乱すばかりでなく、国家転覆を企てたとして、主宰者の明石順三をはじめ、伝道活動をしていた青年に至るまで、治安維持法により検挙投獄され、有罪判決を受けて,1945年敗戦後迄過酷な獄中生活を送り、中には官憲による拷問や刑務所の劣悪な環境の中で、獄死したものも少なからずいた、その記録である。

 兵役拒否に関しては、稲垣の著書の3年前に出た阿部知二の「良心的兵役拒否の思想」(岩波新書C44)が知られている。これは1920年代に阿部が東大英文科教室で斎藤勇(たけし)教授から聴いた、西欧における良心的兵役拒否に関する講義と、戦前の灯台社事件を紹介したものだった。稲垣はこれに触発されて、過酷な獄中生活に耐え、戦後も生き残った明石順三ら灯台社の人たちを訪ねて聞き取り調査し、また陸軍軍事法廷記録や東京地裁判決、控訴審判決記録を渉猟し、灯台社の人たちがどのような法理によって有罪判決を受けたかを解明しようとしている。

 私はその中で、村本一生(かずお)という人の生き方に注目する。
 村本一生は1914年熊本県阿蘇郡永水村に、医師の長男として生まれた。熊本中学、旧制五高を経て東京工業大学染料化学科に学び、卒業後は三菱系企業に就職して,技師としての道を歩むはずだった。それが卒業の前年1935年に偶々帰郷した時、父の書斎で灯台社の機関紙「黄金時代」を手に取り、それを読んでひどく心を惹かれるものを感じた。早速その主筆明石順三に手紙を書き、程なくして明石から返事が来た。喜んだ村本は熊本の帰省先から上京後、荻窪の灯台社に明石を訪ね、彼から直接教えを聴くようになり、その年の12月受洗して「エホバの証者」の一人となった。翌年東工大卒業後も、村本は決まっていた就職先も断り、明石順三の家に住み込み、自転車で三国峠越え静岡、信越方面まで脚を伸ばして、文書伝道を拡げていった。
 その村本一生にも召集令状、所謂「赤紙」が来た。函館の伝道先から急きょ帰国した村本に、明石順三は赤紙を手渡しながら、兵役を拒否せよとも、お国の為にエホバの証者の名を辱めるな、とも言わなかった。世間一般で行われていた出征兵士を歓呼の声で送る行事は、灯台社には無縁であった。実はその5年前、灯台社は千葉県特高警察によって一斉検挙を受け、伝道文書等を没収される事件が起きていた。それらの文書には、政府や軍部を批判し、兵役拒否、天皇崇拝を否定する文言に満ちていた、同じ年1933年には京大滝川教授事件が起き、世情が騒然としていた時で、灯台社に対する弾圧は、新聞等に報道されることもなかった。

 1938年村本は熊本の陸軍第六師団歩兵十三連隊に補充兵として入隊した。この部隊は明治時代の官軍の伝統を受け継ぎ、獰猛な古参兵の多いことで知られていた。初年兵の村本がこの軍隊生活でどのような辛酸をなめたか、想像に難くない。さらに入隊後3か月目の1938年7月、村本ら補充部隊は満州に送られ、ハイラルの関東軍第二十三師団に編入された。
 1931年9月の柳条湖事件以来、関東軍は年来の満蒙領有計画を実行すべく、軍事行動により奉天,安東、遼陽、長春等主要都市を占領し、管轄外の北満にも進出、越境朝鮮軍の支援を得て32年2月ハルビンを占領し東北三省を制圧、3月満州国建国宣言に至っている。建国のスローガンとされた「民族協和」とは裏腹に関東軍は中国人民衆から物資を収奪し、対価も支払わず、民衆の怨嗟の的になっていた。それのみかスパイ容疑で捕まえた中国人を拷問の末、公衆の面前で処刑するなど、関東軍は中国民衆にとって悪魔的な存在になっていた。加えて冬季には零下30度に達する厳寒の地での厳しい訓練の毎日である。初年兵の村本には、地獄絵を見る思いの兵営体験で、思考力も次第に鈍り、信仰も失いかけていた。このように、一介の初年兵にとって、奴隷に等しい過酷な軍隊生活の中で、村本が唯一「灯台社の証者」としての矜持を保ったのは、彼が部隊の日課になっている宮城遥拝を拒否し、皆が東方に向けて拝跪しているときに、只虚空を見つめて直立不動の姿勢を崩さなかった。この行為は、軍隊内で問題視され、古参兵からの鉄拳制裁を覚悟しなければならならなかったのに、意外にも村本の「不敬」を目撃した伍長が彼を物陰に呼び、注意したに止まった。

 その年の12月に、村本一生は部隊の命令で陸軍工科学校へ派遣されることになり、神奈川県淵野辺の工科学校の部隊に編入された。当時軍隊内で理系学校卒業者を抜擢して工科学校に送り、複雑な機器の取り扱いを習得させ、原隊に戻すことが行われていた。
村本は淵野辺の部隊編入後、休日を利用して荻窪の灯台社を訪ね、久々に明石順三に面会したが、その時明石順三の長男真人が村本に9か月遅れて応召し、世田谷三宿の野砲第一連隊に入営していた。明石は村本に対してと同様、長男に対しても兵役を拒否せよとか、お国の為に、とかいうことは一切言わなかった。しかし灯台社の機関紙「黄金時代」発売禁止処分後に発刊された「なぐさめ」には、我が国の満州政策に対する批判や、ドイツ、イタリヤのファッショ勢力と組むことの愚かしさを糾弾する記事に満ちていて、村本はかつての「エホバの証者」であったころの信仰をよみがえらせることとなった。

 工科学校に戻った村本は、そこで明石真人が軍隊内で銃を返納する挙に出たことを知る。激しく動揺した村本は、「脱柵」を試み、淵野辺から電車を乗り継ぎ荻窪の灯台社にたどり着いたが、その時は明石順三に諭され、深夜に部隊に帰還した。村本の脱走を知った上官たちは激しく動揺したが、彼を抗命で憲兵隊に引き渡すことはせず、営倉三日の処分で済まされ、隊の記録にも残されていなかった。3日目に営倉から内務班に戻った村本は、早速課せられた銃の手入れを行わず、班長のところへ行って、銃の返納を申し出た。それが村本の信仰による兵役拒否だと知った内務班長は狼狽し、その行為は小隊長へと申告され、翌日村本の身柄は東京大塚の憲兵隊分署に引き渡され、2人の憲兵から厳しい尋問を受けることになった。彼等が最も恐れたのは村本の抗命が他の兵士にも知らされ軍紀が乱れることであったが、村本の場合、信仰に基づくもので、翻意することもないことを知ると憲兵は安堵し、同年6月の軍法会議で村本、明石を懲役二年の判決を言い渡し、彼らを陸軍刑務所に送ることで決着を図った。1939年6月14日付け第一師団軍法会議判決が残されている。「全体の調子に不敬、抗命というほどには重罪をはげしく断罪するといった語調もなく、十五年戦争下の日本では類例のすくない思想的信条による兵役拒否に対し、軍の側ではすくなからず処置に困り、処断するにも一種のおもんばかりや隔意のあとも見受けられる」と稲垣は論評している。1939年当時、軍隊内で兵役拒否を行った者は、明石真人、村本一生の他、香川県善通寺の第十一師団歩兵第十二連隊で、不敬罪で懲役二年の判決を受けた三浦忠治がいる。彼も灯台社の文書伝道者の一人で、軍隊内の兵役拒否者はこの三人に止まった。いずれも灯台社の信仰者であった。

 村本一生は陸軍刑務所で服役中、刑務所長から半紙と筆を渡され、彼の思想と信条を綴った手記を書くように勧められ、2カ月後に半紙150枚の「シナ事変の真相」と題する手記を書き上げた。彼は何も知らなかったが、その手記は陸軍省法務局通報として司法省刑事局に送られ、部内極秘資料として、1939年6月21日の警視庁及び荻窪警察署の武装警官約五十名による灯台社一斉検挙と、治安維持法による東京地裁及び控訴院による判決に至る際の検察側資料として使われる。

 1939年の警視庁、荻窪警察署による灯台社全員の検挙は五年前の千葉特高警察による摘発とは比較にならない程の大規模かつ過酷なもので、村本らの兵役拒否により灯台社を標的に、周到に用意されたもので、明石順三、静栄夫妻のみならず、地方の文書伝道者に至るまで約百三十人を一斉検挙する大規模なものであった。特に悲惨なのは灯台社の思想に同調した韓国、台湾の青年たちが、日本人以上の拷問を加えられ、発狂し獄死するものが居た。中には過酷な取調に耐え切れず、転向を表明し釈放される者もいた。当時わが国の指導者達が標榜していた「大東亜共栄」が如何に身勝手なものであったかが、ここでもよく判る。
しかし明石ら主要幹部は信条を曲げず、その結果明石は治安維持法による安寧秩序攪乱の他、国家転覆を図ったとして、東京地裁で懲役12年の重刑を言い渡され、控訴院でも被告の抗弁は退けられ、明石順三は巣鴨拘置所から宮城刑務所に身柄を移され、敗戦の日まで苦難の日々が続くことになる。妻静榮に対しては三年の懲役刑が言い渡されたが、公判前から憔悴していた体は服役を待たず、獄中で肺疾により死亡している。
 しかも驚くべきことには、この灯台社一斉検挙と裁判は当時の新聞には一切報道されず、ただ非公開の裁判記録だけが残されているだけである。当時の官憲が灯台社の「兵役拒否」「宮城遥拝拒否」の思想が巷間に広がることを怖れたことが、うかがい知れる。

 村本一生は陸軍刑務所服役中も宮城遥拝を拒み続け、度重なる制裁を受けたが、のちに彼が民間人となってから特高警察による拷問のような官憲の嗜虐的な取調に比べれば、服役後また戦闘要員として使役させるための措置が取られており、明石順三の場合より穏便なものだったといえる。

 日本の敗戦により、治安維持法など一連の法律は失効し、思想犯は釈放されることになったが、敗戦直後の混乱でその移行は進まず、三木清が豊多摩刑務所内で獄死するなど不幸な事件が続いた。明石順三等灯台社の人たちも釈放され、戦後の食糧難の時代を生きることになる。灯台社は1940年内務大臣による強制閉鎖命令によって解散に追い込まれ,明石家の住居を兼ねた荻窪の本部建物も、服役中の順三の認証もなしに強制売却されてしまっており、明石と村本は栃木県鹿沼市に住みつくことになる。翌年アメリカのWatchtower 本部からの文書伝道者が鹿沼市の明石の家を訪れ、日本におけるワッチタワー伝道の再開を促すが、明石順三はアメリカのWatchtower 本部の高圧的な申し出に反発する抗議文を同本部の使者に手渡し、以後アメリカのWatchtower 本部との関係を断っている。戦時中「国民儀礼」を受け入れ、保身を図った日本の教会が、戦後アメリカのミッションボードの支援を受けて、伝道の好機とばかりに宣教活動を始めたのに比べて、明石等灯台社の行動は、福音書が伝えるイエスキリストの教えに、より忠実であったといえるのではないだろうか。

 村本一生は、その後も鹿沼市内のある教員寮の管理者となり、名利を求めぬ静かな生活を送り、師順三の逝去を看取った。彼は「灯台社の任務は終わった」と話し、鹿沼で順三と再会した時以降、その兵役拒否の体験については、あらためて人に話すこともなく過ごした。その時に、人はなすべきことをした、という充足感が、村本の晩年を支えていたという。

 いま世間では国旗掲揚、皇居遥拝を含む戦前への回帰が盛んである。これに憲法改悪が重なれば、我が国は元の「天しろしめす大和瑞穂の国」に回帰してしまうだろう。そうならない為に、我々は右傾化する政治勢力に対し抵抗の姿勢を強めなければならない。そのために思想信条の強化を図る必要がある。いま日本の近代思想史またキリスト教会史で殆ど顧みられず、忘れ去られようとしている灯台社の戦時抵抗を思いだし、正確に記憶するだけでも、我々を力付けることにはならないだろうか。
 
 

追悼、松田一宏君

 投稿者:徳永 博  投稿日:2017年 7月11日(火)05時28分0秒
返信・引用
   松田一宏君との出会いは、昭和27年4月城内の佐賀大学付属中学校に晴れて入学した時だった。最初附中は2クラス100人しか入学を許されず、抽選に漏れた循誘小組の我々は市立成章中か城南中に廻されてがっかりしていたのに、市が附中に委託学級として1クラス増設することを要請し、その結果私もその50人枠に入れてもらって、憧れの「白線腕章」生徒になることができた。

 新入生150人の中では、附小から繰り上がってきた生徒たちが断然光っていて、循誘の大坪や私、勧興組の陣内、神崎から来た三井所などは田舎者扱いだった、というのはひがみだろうか。附小組では石井、桑原そして松田が断然光っていた。中でも松田一宏君は眉目秀麗、紅顔の美少年だった。授業参観の時に来られた御父様は、市役所か県庁の出納長という偉い御方だと聞いて、畏怖の念を抱いた。その松田君も、附中入学選考では抽選で落ち、泣きの涙を流したが、先に述べた「委託学級」枠で、私と同じように拾われたと聞いた。市や附中の入学選考担当者は公正だったという思いと、1年生のクラスは別だったが同じ委託学級組の彼に、妙な親近感を覚えたものだ。

 昭和26~28年の附中時代は、松浦先生の英語、志津田先生の国語、高山先生の音楽、深川善次先生の図画、そして向井先生の数学と、多彩な思い出に彩られていた。それが29年の県立佐高入学とともに、途端に灰色に変わってしまう。1年生の時から大学受験のための模擬試験があって、上位成績者の名簿が発表された。最初は首席入学の江里口君、附中からの三井所君らの名前が上位に見えたが、途中から松田一宏君の名前が見え始めた。数学の中村先生、英語の高山先生の叱咤激励を受けてのことだったのか。我々田舎の高校生が四苦八苦して漸く授業料の安い国立大学の隅に入学を果たした頃、彼は若い女性の憧れの的、慶應ボーイとなっていた。今NHK総合テレビで毎朝放映している「ひよっこ」に登場する佐賀の資産家の息子の慶應ボーイ島谷純一郎と、何処か風貌が似ている。ドラマの中の島谷君と同様に、松田君が「ビートルズ武道館公演」の切符を手に入れたかどうかは、なにも聞いていない。

 次に私が松田一宏君と逢ったのは、私が勤務する特許庁に彼が訪ねて来て、彼が勤務する東都化成が特許出願するのに、誰か弁理士を紹介してほしい、という依頼を受けた時だった。私は喜んで、庁出身の化学関係の弁理士2人を紹介し、その後も良好な関係が続いていると、双方から聞いていた。佐高八期同窓会、また槙原紘君の社長就任祝賀会等でも顔を合わせたことが、同窓会関係のアルバムの集合写真からうかがえる。

 そして最後に松田君と逢ったのは、2010年4月、市川のお宅に附中の仲間とともに、病臥中の彼を見舞った時だった。彼は長年腰痛に苦しみ、この時も病床から立ち上がるのが億劫な程で、附中時代の紅顔の美少年の容貌は、薄くなった頭髪と白鬚に隠れてしまい、男の生涯とはこのようなものかと、自分にもやがて来る老境に思いを馳せたものだ。だが、この日は奥様の心尽くしの料理とお酒の午餐で大いに盛り上がり、おまけにカステラのお土産までいただいて、病気見舞いというよりは豪華なミニ同窓会の感があった。

 その後何度か、石井幹事に「松田君はどうしている?」と尋ねても、「元気でいるらしいよ」とそっけない返事で、安堵と焦燥感の行きつ戻りつを繰り返していた。あれから7年も経った今年6月27日夕に、その石井幹事から、松田一宏君が今日逝去された、との報せが届いた。
 松田一宏君、君の33年にわたる闘病生活の末の眠りは、安らかなものであってください、と祈るのみである。
 

トランプのカードはKING?それとも暗愚?

 投稿者:徳永 博  投稿日:2017年 4月13日(木)09時19分23秒
返信・引用 編集済
  4月6日、シリアのシャイラット空軍基地に、地中海を遊弋する米海軍駆逐艦2隻から59発のミサイルが発射されました。空軍基地が瞬時に壊滅状態になり、軍人十数人が戦死した他、基地周辺の農民数人も巻き添えで殺戮されたとの報道が世界中を震撼させました。その時フロリダでは米中首脳会談の最中で、習近平主席は晩餐会の最中にトランプ大統領から、シリアへのミサイル攻撃実施を告げられたそうです。13億の民を率いる大国の指導者に対する仕打ちとしては極めて卑劣かつ非常識で、これを見ただけでも、米国大統領の傲岸無智さが浮き彫りになります。日頃は歯に衣を着せない米国批判をする中国政府報道官が、抑制したものの言い方で事実だけを伝えたのは、中国首脳が大人の政治的見識を示したものとして評価されます。

 一見緊急措置に見える米国の軍事行動は、シリヤ・アサド政権の度重なる化学兵器使用に対する報復攻撃だと、米軍当局は解説し、ロシア、中国等には事前に通知してあると説明しています。しかし、国連安全保障理事会の緊急会合で、ロシア、中国代表が、シリヤ軍の化学兵器使用の有無を確認もしないで、米国がこのような短絡した軍事行動に出るのは、中東の紛争解決には却って逆効果だと、米国を非難しています。世界の大半の識者がそれにうなずいたのですが、我が国の安倍首相は化学兵器使用の有無を確認もせず(その能力もなく)、米国の戦闘行為を理解すると言って、国連の平和維持活動の責任を自ら放棄してしまいました。北朝鮮が弾道ミサイル発射実験を行うたびに、国連安保規定違反だ、東アジア地区の平和に対する威嚇だとか喚き立ててきた日本が、実戦配備されたトマホークミサイル59発もの使用に、いち早く賛意を表明するとは、これが国連安全保障理事会常任理事国を目指す国の本音なのかと、情けなくなります。せめて今回の事件に関して、事実が確認されるまでは、判らないことは判らないと言って沈黙していればよいのに、首相のこの一言が、米国のミサイル攻撃で被害を受けたシリア人の憎悪を日本に向けさせ、いつの日かこれが国内での無差別テロ事件を引き起こさないとも限りません。既に紛争地から刺激を受けた若者の無差別テロ事件がパリやロンドン、サンクトペテルブルグ、ストックホルム等で頻発しており、これ以上に人口の密集する東京の町中、駅や電車内で起きると、未曽有の大惨事となります。政府はテロ対策に血眼になっていますが、イスラム過激派の影響を受けた自爆テロ志願者には、警察当局も全く予防措置を取ることができません。国会で審議中の「テロ予防法案」は、昔の治安維持法の予防拘禁から発想を得たようですが、これが思想弾圧の急先鋒だったことを記憶している人は、今は国会議員の中にも少なくなっています。

 私は去年福島伝道所の松谷彰夫氏の案内で、原発被災地を回った時訪ねた、福島県小高町出身の鈴木安蔵氏のことを思い出します。彼は学生時代、治安維持法による予防拘禁措置によって2年にわたる刑務所生活を余儀なくされ、出獄後は憲法史の研究に没頭し、敗戦後いち早く、森戸辰男等と「憲法草案要綱」を発表し、その人権条項がGHQ民生局の注目することになり、後の日本国憲法草案に取り入れられたと聞いています。この「予防拘禁措置」が国民の人権を侵害するものであることは、今は法学者の常識だといってよいのですが、現在の安倍政権は、「テロ」に対する国民の恐怖心を巧みに利用して、この条項の復活を図っているのではないでしょうか。

 法律のことをさらに言うならば、「推定無罪の原則」があり、米国を含め各国の司法当局が遵守しているものです。それは、ある不法行為が発生した場合、容疑者が挙がっても、確かな証拠に基いて彼が有罪と認定されるまでは、容疑者は無罪と推定され、弁護士の専任等によって彼の人権が擁護される、という法則で、国家の最高権威者であっても、この原則を犯してはならない、ということです。国際政治の場では、しばしばこの原則が破られます。2003年フセインが大量破壊兵器を隠しているとの容疑だけで米国のブッシュ大統領がイラク戦争を始めたのは、同盟国の西欧諸国さえ反対した不確かな理由によるものでしたが、結局はフセインを倒しイラクを無政府状態に陥れ、中東の平和状態を破壊し、ISなどという危険なテロ集団を生んだだけで、フセインの大量破壊兵器はどこにもなく、2010年オバマ大統領による戦争終結宣言によって米軍は撤兵するという無様なものでした。そのオバマ大統領も、2001年同時多発テロの容疑者オサマ・ビン・ラディンを、国際秘密組織を使ってパキスタンの隠れ家を襲わせ殺害した事件を、陰で指揮したとされています。フセインやビン・ラディンには、推定無罪の原則は適用されなかったのです。そしてトランプ大統領に至っては、この推定無罪原則を含め、法律を順守する感覚は全くなく、感情に任せて大統領令というカードを頻発している様子は、昔のネブカデレザル王の独裁的な権力行使と何ら変わりません。バビロニアの繁栄と没落から2500年、人類はまたも暗愚な王に、この世界の平和と安寧秩序を託さねばならないのでしょうか。

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Re: アメリカ・買いたい!その2

 投稿者:徳永 博  投稿日:2017年 2月18日(土)21時15分25秒
返信・引用 編集済
  > No.191[元記事へ]

 2月になってもトランプ大統領は、「もっとアメリカ製を買え、外国で物を作ってアメリカに輸入するものには35%の関税を掛ける」と仰有っている。NAFTA協定でメキシコの安い労賃で車を作ってアメリカ国内で販売していたGM、フォードはもとより、日本のメーカーも震え上がっている。これでアメリカ国内の雇用が良くなるだろうか。
 アメリカ国内の労賃は高く、労働組合も強いから時々ストライキもする。結局製造される車は、品質が良くなく、労賃が高い分高価になって、国内での競争力が落ち、輸入外車に市場を奪われ、経営不振、倒産となると大量の失業者が出て、それこそアメリカ人の雇用喪失、社会不安へとつながってゆくのではないか。経済学には素人の私にだって,それ位の予測はできる。
 1980年代、不況にあえいでいたオハイオやミシガン等中西部の重化学工業地帯に代ってカリフォルニア、オレゴン、ワシントン等西部太平洋岸の諸州で、次世代のアメリカ産業が興っていた。その一つがシリコンバレーの電子情報産業であり、ポートランドの「ナイキ」に代表されるアパレル業、そしてシァトルの「ボーイング」だった。東部のハーバードやMITを卒業した若い企業家が活躍し、知的財産の一杯詰まった民生用電子機器が生まれ、世界に販路を拡げていった。それは単に物を売って儲かるだけではなく特許やノウハウを外国企業にライセンス契約で売ることによって、莫大な利益を上げてきた。「ウインドウ」「ドルビー」「インテル」などの知的財産権で、自分は手を汚さずに、スティーブ・ジョブスやウオズニアック等の億万長者を生み出したのだ。そして世界中の人たちは、パソコンやIフォンを購入すれば、それが中国製や台湾からの輸入品であっても、全く意識しないで、いつの間にか「アメリカ製」を買っており、代金の何十分の1かは、アメリカの創業者の懐に入っている勘定になる。
 ニューヨークのビルやフロリダのゴルフ場の売買で億万長者になったトランプ氏は、このような「物から知財へ」のアメリカ産業界の変貌をご存知ないのだろうか。
 

拝啓・山下永二君

 投稿者:徳永 博  投稿日:2017年 2月17日(金)07時41分57秒
返信・引用
   新しい年2017年が始まった途端、国際政治の世界が騒がしくなりました。
 アメリカでは就任したばかりのトランプ大統領が、メキシコ国境への壁の建設、TPP破棄、NAFTA撤廃、中東アフリカ7ヶ国からの入国禁止と、選挙期間中に公約した政策を大統領令と言う形で次々に公表し、米国内では各州裁判所で憲法違反という最も厳しい反対意見が出されたほか、全米各地で大統領令に反対するデモが起こっています。さらに数日前最初の首脳会談の相手となったイギリスのメイ首相からは、特定国人の入国規制には反対だと、鋭い批判を浴びました。その次に首脳会談を行ったわが国の総理には、詳細は不明ですが、トランプ大統領の入国禁止策を批判するだけの勇気はなかった模様です。

 それでもトランプ大統領がこの大統領令を撤回しないのは、米国人の約46%が、この施策がテロ防止につながると言う大統領の説明に納得し、この入国禁止令に賛成しているからだと言われています。しかし、2001年9月11日の同時多発テロその他,米国内で起きたテロ事件の大半が、国内に在住するテロリストによるものだということを、トランプ氏は知らないのでしょうか。第32代大統領ルーズベルトは、1941年、思想信教の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由を含む4つの自由を掲げて、ナチスドイツの脅威に立ち向かったのですが、今のアメリカ人はテロの恐怖におびえて、この4つの自由さえ踏みにじろうとしています。貧困大国アメリカは、思想信条まで貧困になってしまい、自国内の富を独占するのに必死なのでしょうか。

 先日、私の卒業した高校の同窓会のホームページに、今年1月の祈祷会奨励原稿をそのまま、「2017年に想うこと」と題して投稿したら、早速同期生の山下永二君から、反論が寄せられました。彼は、私が安倍政権を「覇権政治」だと言ったことを、「何をもって『覇権』などというのか。安倍首相は民主主義の原則に基づいて、議会で多数の議員を獲得した自民党の総裁だから首班指名を受けたので、それを覇権政治と言うお前は、民主主義を否定しようと言うのか。又、沖縄県が3,350億円もの交付金を受けながら、翁長知事が辺野古基地建設に反対するのは、中国の支援をうけているからではないか。また、お前が日米安保条約解消を唱えるのは、わが国の安全保障を無視する暴論、日本人の85%が日米安全保障条約に基づく日米同盟に賛成している、「弱い」日本は米国の軍事力に頼らなければ、国の安全保障は保てない。」と言うのです。防大出の元幹部自衛官の彼が言うから、間違いないでしょう。また「85%が日米同盟に賛成」と言うのは、学生時代に60年安保闘争を経験し、同年代の若者が今は中高年になり世論を形成していると思い込んでいる私にはとても信じられない数字ですが、55年体制が崩壊し、一時は政権交代で民主主義のルールが根付いたかに見えたわが国の政治が、又自民党政権の復活で、その支持層が拡大していることを見れば、あながち嘘ではないでしょう。先日米国トランプ政権のマティス国防長官が来日し、安倍首相と会談した際、彼が「尖閣諸島は日米安条約第5条の適用範囲内」と明言したことに、日本人の85%以上が安堵したのではないでしょうか。このように日米安全保障条約は、すっかり日本人を米国の核の傘に取り込んで、「弱い日本は強いアメリカにすがる」ことになったのです。

 当初、この山下論文に反論しようと身構えたのですが、山下君の意見は大多数の日本人の意見であることが分かり、筆を止めて2月10日からの首相訪米の推移を見守ることにしました。7カ国からの入国禁止令を連邦裁判所から即日差し止めの仮処分を受け、窮地に立たされたトランプ大統領が、かねて貿易不均衡と不平をもらしていた日本の安倍首相にどんな無理難題を吹きかけるか、聴いてからと思ったのですが、意外にも大統領は日本の首相を手厚くもてなし、フロリダの別荘に招いて一緒にゴルフをする、という変節振りでした。肝心の日米貿易交渉は麻生副総理とペンス副大統領に任されたようで、霞ヶ関の経済関係官僚達は一先ず安堵した様子です。日米両政府が揃って経済振興政策を採り続ける間、大企業は税制の優遇措置等で潤うのに、不法移民や難民の人権は無視され、トランプ氏を大統領に押し上げた白人貧困層の雇用問題は一向に解決せず、社会不安は倍化するでしょう。

 国際問題では、シリヤでロシア軍の爆撃で死にゆく民がおり、アメリカを目指した難民が港や空港で足止めされ、寒さで凍死するものさえ居るのに、豪華な別荘での晩餐会やゴルフ三昧は、世界がフランス革命以前の専制君主時代に戻ったようで、不愉快になるばかりです。
 しかし、このように目まぐるしく動く政局を注視して、一喜一憂することは、あまり意味がありません。むしろ、このような私利私欲による政治がまかり通る世界で、私たちは、顧られない民、虐げられ、生命の危機さえ覚えている民、義に飢え乾いている人達、そのような弱者の側に立って、この世の為政者に向けていた目を、天上の主に向け替え、全能の主に対して拝跪し、祈ることを始めなければなりません。

 旧約聖書の預言者エレミヤは、エルサレムが陥落した後、バビロンにつれて行かれたゼデキヤも、代わりにユダの総督となったゲダリヤも、バビロンに君臨するネブカデネザル王をも見ていながら、彼らに身を委ねようとしておりません。彼自身、エルサレムから南へ逃れる難民の中に居て、彼の目は、戦乱で崩壊したエルサレムを逃れて、生きるための糧を求めてエジプトへの道をたどる難民に向けられています。そして『イスラエルの乙女よ、再び私はあなたを建てる、あなたは建てられる。』とよびかける主の言葉をとりついでいます。それが今、シリヤのアレッポや貧国メキシコから逃れ、「4つの自由の国」、「富める」アメリカや西欧諸国を目指す難民に対して、地上の教会が語りかける言葉ではないでしょうか。

 わが国について言えば、難民受け入れに関して、西欧諸国に比べて極めて貧弱な対策しか採られていません。アジアからの難民に関しても、看護師不足を補うためと称して、少数の難民を受け入れているに過ぎません。オリンピック誘致、外国人観光客呼び込みに熱心なわが国が、難民を拒むのは何故なのでしょうか。昨日ホワイトハウスでトランプ大統領と会談したカナダのトルドー首相は、共同記者会見の席で、「カナダはシリヤ難民を温かく迎える用意がある」と表明しました。.隣国アメリカに比べて、10分の1程度の経済基盤しかなく、失業率も高いカナダがあえてこのようなことを言うのは、政治家を始め市民に、他国や他民族のことを思いやる心が有るからなのではないでしょうか。その少し前の、同じ場所でわが安倍首相が、日米同盟を得意げに語ったことと比べて、他者を思いやる心について、彼我の差があまりに大きくて、自国のことしか考えていないのが、我が国の為政者なのかと、赤面の至りです。

 なぜ日本人は、このように自分のことだけしか考えない、狭い心根の民になったのか。
一つには、260年にわたる江戸幕府の鎖国政策が、日本人の国際感覚を喪失させ、幕藩政治の虜にしてしまったことにあります。毎年その時期になると上演される「忠臣蔵」は日本人を皆「忠臣」にするのに貢献しています。2つは、幕藩政治を廃棄し「大政奉還」によって天皇親政を復活させた明治政府が、議会民主主義とは名ばかりで「天皇大権」を強化し、アジア太平洋地域に侵略戦争を仕掛け、滅亡寸前まで追い込まれたことが、充分に反省されていないことです。我々はこれらを克服するために、切に祈らなければなりません。
 キリスト教会は、これまで日本人の意識改革に関しては、あまり努力してこなかったように思います。日本人ばかりの教会では、難民があることに気がついていないのです。更に狭い範囲の人達だけのグループでは、囲いの外に居る人達、例えば野宿生活者の存在にも気がついていない教会もあることは、残念ながら事実です。そのような教会の礼拝で、いくら人類愛が説かれても、意味がありません。

 私たちには、今はシリヤ難民救済に乗り出す勇気も力量もありません。彼らとて、住みにくい日本に行こうとも思っていないでしょう。しかしアジアにも難民問題はありますし、その受け入れが喫緊の課題になっています。教会のディアコニアを考える時に,当然課題として挙げられるものです。それに備えするために、私たちは今、卑近な課題として野宿者パトロールを始めています。この業が続き、さらに難民問題への取り組みへと展開して行くよう、祈りたいと思います。   (2017年2月15日)
 

アメリカ・買いたい!

 投稿者:徳永 博  投稿日:2017年 2月14日(火)09時46分38秒
返信・引用 編集済
   私がまだ幼かった頃、父が経営する佐賀片田江のトクナガ薬局には、ナショナル金銭登録機が店の中央に鎮座していた。「アメリカ合衆国オハヨー州デートン市ナショナル金銭登録機会社」と銘打ってあり、子供らには触ってはいけない代物だった。昭和10年父が貫通道路の傍に開業した時に、祖父が開業祝に父に贈ったもので、当時家一軒買える程高価なものであったそうだ。我々鼻たれ小僧にとっては、金銭登録機の銘板にある、アメリカ合衆国は、戦後もしばらく残っていたB29に対する恐怖心とともに、強烈な畏怖の念を起こさせた。小学生だった私には、アメリカという国が、強力な兵器や便利な事務機器を生み出す夢の国に思えた。それは大学を卒業して就職するころまで続いて、1969年アポロ計画の月着陸船から、アームストロング船長が月面に降り立った時に絶頂に達した。
 それから8年後、JETROトロントに赴任した私が最初に行ったことは、憧れのアメ車を買うことだった。しかし義兄から借金までして購入したGMのビュイックは、それまで運転していたスバル360やフォルクスワーゲン「カブト虫」に比べてどこか大味で、アメリカ製に対する信仰は蔭りをみせはじめた。そのころ買ったカメラも、日本かドイツ製ばかりで、「コダック」はフィルムだけを愛用していた。帰国後も、自家用車はホンダ、トヨタ、フィルムは「富士フィルム」になり、私の身辺から「アメリカ製」は消えた。

 今年1月アメリカ第45代大統領に就任したドナルド・トランプ氏は「アメリカ・ファースト」を掲げ、国内雇用創出のために、もっとアメリカ製を買え、と仰っている。そこで何か買えるものはないか、と探してみたが、日頃愛用しているSchickの髭剃り刃も実は中国製、昔懐かしい「ナショナル」も、松下電器との商標権争いの後、消えてしまった。安倍首相が渡米の際、トランプ氏に贈ったゴルフクラブは「ペン・ホーガン」だったかどうか知らないが、我々庶民はそんな高級品とは無縁だ。
 高級品といえば、グランドピアノの王様「スタインウェイ・アンド・ソンズ」は確かボストンのスタインウェイ社の製品で、我が国の山葉楽器や河合製作所がどうしても追いつけない銘品で、世界中の演奏会場を独占している。しかし、他の楽器は、演奏会用の高級品はすべてイタリヤかドイツ製、樹木の豊富なアメリカやカナダでも、弦楽器や木管楽器は良いものはできない。ジャズバンドで使う打楽器に、何とか使えるものがあるくらいだ。
 トランプ氏が次に目を付けた「ハーレイ・ダビッドソン」オートバイも高級品の類、大統領護衛に使う位で、州警察や一般庶民は「HONDA」や「KAWASAKI」を愛用している。
 今日2月14日はバレンタイン・ディ、アメリカ製チョコはないかと、近所のスーパーマーケットに行ってみたが、陳列してあるのはスイスやフランス製チョコばかり、アメリカのチョコは味がきつくて繊細な日本人の舌にはなじまないことを、業者も先刻承知だ。
 とうとう最後に大統領専用機「AIRFORCE1」に象徴される飛行機に行きついた。これは、純然たるアメリカ製、ロシアや中国にまで販路を広げている、シァトルのボーイング社製だ。我が国も、飛行機だけはアメリカにかなわない。昭和30年代通産省が提唱して国産旅客機YS-11を開発し、ハワイやアメリカの航空会社に売り込んだが、大赤字を出して撤退してしまった。その後三菱がMU-2やMRJで国際航空機市場に参入しようとしているが、ボーイングや欧州エアバスの足元にも及ばない。せいぜいボーイングの下請けで炭素繊維を使った機体の一部を納品しているだけだ。
 トランプ氏は大統領になる前、ボーイング社から757旅客機を買って、自家用機としていたが、日本の庶民は、不動産の金持森ビル社長を含めて、旅客機を買えるご身分ではない。せいぜい日本航空や全日空が買うボーイング社製旅客機を利用して旅に出ることで、トランプ大統領の「バイ・アメリカ」に答えるしかない。嗚呼、貧困国ニッポン!
 

Re: 徳永君の新年所感を読んで

 投稿者:山下 永二  投稿日:2017年 1月24日(火)13時59分41秒
返信・引用 編集済
  > No.189[元記事へ]

徳永君とは過去の議論から、見解が大きく異なることは承知していたが、私の反論を期待しているだろうと思い敢えて述べることにしました。
1 徳永君の考える国家観は何だろうか
所感を読んでると、冷戦時代の左翼思想をそのまま引き継いで現情勢を俯瞰しているように錯覚を覚える。
共産主義国家を目指しているのだろうか。
冷戦時代は、米ソのイデオロギー対立により、日本国内でも左右に分かれ代理政治闘争が展開していた。1991年12月にソ連は崩壊して以来、世界の安全保障環境は大きく変わった。変革したと言っても、民族、部族、宗教、領土等の対立による紛争は絶えない。そんな国際情勢特に東アジアの中で、どのようにして日本は生き延びていくかの考えを聞きたかった。
2 民主主義をどのように考えているのか
・ 安倍政権を「覇権政治」?というが、覇権という用語は、国際政治や軍事・外交において他国を権力で支配しようという言葉で、国内向けに使われたのは初めてです。世論調査によると、安倍内閣の支持率は50余%を得ている。経済政策や外交政策、震災対処など国内政策は他内閣よりましな政策を行って長期政権を維持しているのは、国民が支持しているからだろう。民主主義は多数派が政権を握り、国民と約束した公約を実現するのは当然である。反対勢力が実現したい政策があれば、妥協を探る方策はあるでしょう。大抵の場合、戦うことが野党だと認識して衝突して闘争に発展することが多い。
・ 平成21年7月の総選挙で308議席を獲得した民主党は、長年続いた自民党政権を平和的に倒して政権を奪取した。その時は、多くの国民は民主党に期待を寄せた。
鳩山由紀夫内閣は、沖縄基地の県外移設問題で沖縄県民の期待を裏切り、米国からも見放された。又自身の政治資金問題で躓いて倒れた。
次の菅直人内閣は、3.11東日本大震災特に福島原発事故に対しする対応が不適切だったため批判を浴びた。消費税増税の是非をめぐり迷走した。又対中国外交政策でも、中国魚船(魚民兵)が海保の警備艇にしかけた衝突事件にその処理を誤り、国民の不信を買った。平成22年7月の参議院選挙では惨敗を喫し退陣を余儀なくされた。野田内閣も解散に追い込まれ短命だった。その結果、平成24年12月総選挙で自民党に大敗し3年半の民主党政権は終わった。
民主党のマニフェスト政策政を掲げたが治行動はひどかった。小選挙区制による政権交代の実現に希望の灯が見えたようだったが、民主党政権は経験が浅く稚拙だったため国民を裏切った。これが長期安倍政権の一因になっている。
3 矛盾の多い翁長知事の辺野古移設反対行動
・ 国の安全保障政策や外交は政府の専権事項である。最高裁判所も沖縄知事の反基地闘争を誤っていると指摘しているのは、県が実施すべき権限を越権しているからである。
・ 沖縄県は振興策という政府からの交付金によって財政が構成されている。平成28年度は、なんと3,350億円まで膨れ上がってきた。基地反対をすればするほど、交付金が上がるという終わりなきゲームが続けられている。その結果、県公務員と建設関連業者が潤い、一般県民との所得格差が大きくなっている。
建設強者に渡った振興策の一部が政治家へ献金として還元されるという利権関係が出来上がっている。
・ 翁長知事は、国連で辺野古移設反対演説をした。本来一知事が国連で演説することはできないはずだが中国に支援を受けたという。自民党県連幹事長時代に辺野古移設推進してきた知事がなぜこうも反対行動を続けつるのか。辺野古移設問題は合意してから二転三転し20年近くなる。まず街中にある普天間基地の危険性を除去するのが知事の務めであろう。又県の貧富格差を是正することを進めるべきであろう。ほんとうに県民を思っての行動とは思えない。利権が絡んでいるのだろうか。翁長知事の政治行動には矛盾が多すぎる。翁長知事は、琉球王国の大統領とでも思わせる行動をしている。知事周辺には、沖縄独立をひそかに企てている人が潜在し、基地闘争を長年続けて、中国の支援を受けて琉球王国の再現を目指しているかもしれない。沖縄は中国に特別自治区になりかねない。翁長知事の行動に目が離せない。
4 日米安保条約を破棄してどうなるか
・ 国民の85%以上が日米安保同盟を支持しており、これを破棄すれば、日本は滅亡へ向かうか中国の属国のなるでしょう。なんと恐ろしいこと言うのだろう。
安保反対運動として唱えているだけなら責任はないが、いま、中国の目に余る海洋進出、北朝鮮の核武装化、韓国の反日運動等日本取り巻く大変厳しい東アジア情勢の中で日米安保なくして日本の平和と安全は築けない。日米安保同盟を破棄すれば、東アジアの軍事バランスが崩れる。水が低いところへ流れるように、力は弱いところへ向かう。
・ 中国は、日本から6兆円のODA(政府開発援助)の支援を受けて道路、鉄道、地下鉄等交通網、治水、発電所等インフラ整備を進め、対日のみならず対米経済も発展させ経済が急速に向上した。平成22年には、日本を抜いて世界第二の経済大国になった。更に経済成長と合わせて軍事力の増強と近代化により、米ソに次ぐ第三の軍事大国になった。「中国の夢」とは、中華思想を目指した覇権主義で、力を行使してアジア太平洋へ侵出しかっての中国王朝の再現を謀っていると思われる。南・東アジア海の島嶼工作はまさに一端である。
・ そんな情勢の中で、力の弱い日本は、日米同盟こそ日本の平和と安全を構築できる道標である。核について、日本周辺では、中国、ロシア、北朝鮮と北から囲まれ、これに対して米国の核の傘によって保護されている。この核の傘は安全保障上欠かせない大きな役割である。
5 安倍総理の真珠湾訪問における謝罪について
昨年5月オバマ大統領は、広島訪問して「核なき世界」を述べた。米国では、原爆投下は日本の降伏を早めこれ以上の犠牲者を無くすためやむを得なかったというのが大勢をしめ、謝罪の必要はないという米国世論もあり、謝罪はしていません。12月 安倍総理の真珠湾訪問は、「和解の力」を述べ謝罪の言葉は入れていません。今回の訪問は、慰霊であると官房長官が言いました。外交上暗黙の了解か、外務省と国務省と事前調整が行われたかもしれない。
・ この問題は根が深いと思う。日本では真珠湾奇襲攻撃と喜んでいるが、米国ではルーズベルト大統領は、保護主義から脱して対独戦の参戦を目論んでおり、日独伊の三国同盟を聞いて、対米戦に日本が戦ってくると読み、日本軍の先制攻撃への誘う込みを謀った。近衛首相とル大統領の首脳会談の拒否、排日移民法による日本人の在米財産の凍結、在米日本人の収容所への隔離等ジャパンバッシング、対日禁輸、最後通牒といわれるハル・ノート(中国、仏印からの撤退、日独伊三国同盟のは破棄、汪兆銘政権の否認等10項目)等次々と突きつけ日本の対米戦へ追い込んでいった。ルーズベルト大統領の側近にはソ連のスパイがウヨウヨいたという。
・ ルーズベルト大統領は日本海軍の真珠湾攻撃を機に対日戦争へ踏み切った。真珠湾には空母はなかった。太平洋艦隊司令長官キンメル大将は即座に解任された。キンメルは、戦後名誉棄損回復のため解任訴訟を行った。ルーズベルト大統領の策謀の事実をマッカーサー元帥は知っていたという。マ元帥は朝鮮戦争末期に、核使用問題でトルーマン大統領から解任された直後、米軍上院軍事外交合同委員会の公聴会で、「日本が対米戦争に入った動機は、安全保障上の必要性に迫られていたからだ」と日本が自衛戦争だったことを証言した。大統領の陰謀を承知していたからかもしれない。
・ 孫子の兵法に「兵は詭なり」という言葉ある。騙し討ちや策略によって戦いに勝つという有名な文言である。柔道・剣道や囲碁・将棋にも「後の先」という戦法がある。ルーズベルト大統領は、「兵は詭なり」と「後の先」の両戦法を執ったのだろう。戦いには、陰謀や策略はつきものである。日本人はあまりまじめに考え過ぎるのではないか。太平洋戦争は、真珠湾攻撃から始まり、広島・長崎の原爆投下で終わった。戦いは「喧嘩両成敗」で謝罪するなら双方がやればよい。
徳永君の自虐史観が気になる。
6 北方領土は返るか
第二次世界大戦末期、日本の敗戦も近いと思われている時、ルーズベルト大統領は、スターリン首相と秘密会談をした。北方領土をあげるから、対日戦争に参戦するよう要請し密約を結んだという。(英国外交情報部) スターリンは、米国の原爆投下を知り、日ソ中立条約を破り終戦直前になって北方から進撃し北方四島を占領した。これを考えると、プーチン大統領は当然この密約を承知しているだろうから、返還なんか考えていないだろう。米国の大統領選挙にサイバー攻撃をかけるぐらいの陰謀家 プーチンのことだから、日本から経済協力支援を引き出し、日ロ平和条約を結ぶ国家戦略を考えているに違いない。譲歩しても、歯舞、色丹の小さな二島返還ぐらいまでは考えているかもしれない。
7 国家の存亡にかかわる難民問題
 西欧では、難民問題で国の存続を左右する深刻な政治課題になっている。日本の立場で変えて考えた場合、仮に北朝鮮が崩壊その難民が一千万人が押し寄せたら、中国だってなしと言えない。日本の人口と同じ一億人が来たら難民対応は日本国の存亡の危機に遭遇し保守とか、左翼とか言っていつている場合ではない。こんな時は、国連が介入し国際的に解決を図るべきでしょう。
8 原発問題
・ 福島の原発事故を思うと、深刻で政治判断は難しい。世界では、原発は増加しており、特に中国は増やしている。撤退している国は、ヨーロッパ4ヶ国(ドイツ、イタリア、スイス、ベルギー)と台湾である。
・ 漸進的減らしこの間代替エネルギー資源開発するというのが政府の考えであろう。いきなり、全炉廃止にすると、日本の産業が衰退しかねない。
・ 東芝研究所で原発特に「もんじゅ」に長年携わってきた同期の馬渡勝彦君に聞いてみない。
9 トランプショック
・ 米国では、トランプ大統領が誕生し比国ではドゥテルテ大統領という異質なリーダーが存在し、東アジアでは、「中国の夢」実現のため太平洋に覇権を求める習近平主席、核武装に権力の存続を図る金正恩委員長など油断を許さない情勢下である。
・ トランプ大統領の出現により世界情勢は、良くも悪くも大きく変化するだろう。
・ 日米安保の中で惰眠を蒸さばってきた日本が冷酷な国際情勢の現実に目覚める時が来たことは、同感ですが、同床異夢かもしれない。
・ どの国も自国の「国益」を追求してリードしているので衝突がどこかで起こりうる。日本は、この荒波の中で、日米安保同盟を基軸に「したたかに」生き延びることが必要だと思う。





  
 

2017年に想うこと

 投稿者:徳永 博  投稿日:2017年 1月11日(水)08時19分2秒
返信・引用
   2016年が終わり、新しい年2017年が始まりました、
 今年は去年より更に厳しい歳の初めとなりそうです。わが国では安倍政権が去年にもまして覇権政治を続け、国会は自民公明与党の絶対多数でどんな法案でも可決成立させ、行政府は地域住民の声を聞こうともせず、米軍のための基地移転計画を強行しようとしております。そして最高裁判所は地方自治体の訴えを、弁論の機会さえ与えずに棄却し、弱者救済という法の原則を平然と曲げてしまいました。1995年当時の太田昌久沖縄県知事が代理署名拒否で国と争った際、最高裁は弁論の機会を与え、太田知事は「基地を平和と人間の幸せに結びつく生産の場に変え、本件の地理的特性とアジア太平洋諸国との長く友好的な交流の歴史を生かし、日本とアジア、そして世界を結ぶ平和の交流拠点となる国際都市の形成に、沖縄の未来を託したい」と述べたのに、日本政府は日米安保条約に基づく沖縄基地存続に固執し、最高裁も沖縄県の上告を棄却しました。沖縄は基地の重圧の下で生活のため観光立県の途を辿るほかなく、那覇の「国際通り」は70年前の戦争の事など知らず、又識ろうともしない大和やアジアの若者達の嬌声で溢れています。沖縄の島田善次牧師や川越弘牧師がどのような思いでこの島の現状を見、将来の希望もないまま新年を迎えておられるか、心が痛みます。翁長知事や稲嶺市長がいくら反対しても、政府は聞く耳を持たず、司法府もこれに加担したのです。まさに、旧約聖書詩篇12に言う「神を敬う人は絶え、忠信な者は人の子らのなかから消えうせた」のです。
 沖縄を基地で縛っている日米安全保障条約は、本当に日本の国益にかなっているかどうか、今こそ見直すべきときではないでしょうか。去年暮れ安倍首相がロシアのプーチン大統領との間で交わした北方四島での共同開発事業は、17年前太田沖縄県知事が沖縄で実現しようとした国際都市の夢となんら変わることはありません。北方四島の経済活動に軍事基地の必要がないのと同様、沖縄国際都市化には、日米安保条約に基づく米軍基地は、むしろ有害であって、この基地がなくなるときに日米安保条約は形骸化し、解消の途を辿るべきです。1996年、一橋大学の都留重人教授が「日米安保解消への道」(岩波新書476)を著して話題になりましたが、自民党政府はそのような賢者の提言に耳を貸そうともせず、ひたすら日米同盟に固執して、今日に至っています。さすがに北方領土交渉相手のロシアを冷戦時代同様の威嚇として挙げることが出来ないので、中国の海洋進出や北朝鮮の核ミサイルを安全保障の課題にしていますが、中国とは既に経済交流による人やものの往来が活発で、軍事衝突など日中双方にとって不利益なことは明らかです。周恩来-田中会談で日中国交回復を果たした後は、両国は政治経済関係のみならず人的交流で深く結びついており、尖閣諸島領有権問題でその関係を破壊する行為は、賢者の採るべき道ではありません。また、北朝鮮とはむしろ国交正常化によって拉致問題解決への道を拓くべきで、未熟な北朝鮮指導者が誇示する核ミサイル攻撃は、北朝鮮を益するどころかむしろ自滅の道であることを、彼らも認識しているはずです。
 オバマ政権時代には、広島や真珠湾への相互訪問で、日米両国はかつての交戦国が今や固い同盟関係にあると世界に向けて宣伝しましたが、2017年に発足するトランプ政権は、アメリカ第一主義で、日本もメキシコ同様、彼らの権益を犯す国だと見られています。北米自由貿易協定NAFTAを利用して、労賃の安いメキシコで生産し、北米市場で販売することは、GMやフオード同様、トヨタの経営者が考えたのは、経済人として当然の事です。同じ経済人のトランプ次期大統領がそのトヨタを名指しで、メキシコ工場建設はとんでもないことだと言ったのは、良識ある人達を驚かせ、こんな人物が米国大統領になるのかと慨嘆させました。彼は又、メキシコ国境に壁を作り不法移民を強制送還するとも言っています。メキシコ人は人でないかのような言い方です。トランプ氏はこんな妄言を吐く前に、まずNAFTA撤廃を議会に問うべきでしょう。
彼は沖縄米軍基地についても、日本側が応分の負担をしないと撤退も有りうると言っています。安倍首相は日米同盟堅持の立場から、基地負担増いわゆる「思いやり予算」の倍増額と、辺野古基地建設を急ぐことでしょう。20年前に「沖縄問題の解決のためには、日米安保条約解消こそ必要」と言った都留重人教授の預言が今こそ必要であり、トランプ政権誕生こそその好機だと思うのは、私だけでしょうか。残念なことに、安倍首相には賢者の預言を聞くゆとりも、勇気もなさそうです。また日米の株式市場は、トランプ政権誕生で景気が上向くと判断して株価が上昇しているようです。何とおろかな守銭奴たちでしょうか。1929年の大恐慌直前の「フーバー景気」を想起させます。いずれ人々はトランプ政権の実体を知り、世界が未曾有の混乱と秩序破滅に陥るかもしれません。
 シリアでアサド政権に加勢したロシアが反政府勢力の拠点であった北部の町アレッポを無差別爆撃し、無辜の市民が虐殺されている時に、わが国の首相は歴代内閣が果たせなかった北方領土問題を解決し、自己の名声を不動のものにしようとしました。この日露首脳会談の後に、年内にでも衆議院の解散、総選挙を行うことが噂されましたが、これは北方領土問題を解決した余勢で、選挙を有利に戦い、自民党の圧倒的多数で長期安定政権を目論んだのではないでしょうか。シリア問題で世界各国の非難を浴び制裁の対象となっているロシアの大統領と、ファーストネームで呼び合う間柄を演出し、北方領土の返還に関する何らかの言明を期待したが、共同記者会見でも、北方四島での経済活動に関する特別法の設定が決まっただけでした。帝政ロシア時代から不凍港を求めての南下政策はソ連、ロシアにも受け継がれており、そのロシアが手に入れた領土の最南端の島を、何の見返りもなく手放すはずもなく、最初は千島列島に属さないからと、返還のそぶりを見せた歯舞諸島、色丹島さえも、戦後70年の実効支配の結果、ロシアの領土になってしまったといえましょう。安倍首相とその側近は、ロシアとの交渉の失敗を糊塗するように、今度はハワイに飛び、1941年12月8日の真珠湾攻撃で沈没した戦艦アリゾナの記念館で演説し、「和解」re-consiliation を説いたのですが、宣戦布告前の奇襲攻撃で2000人の兵士の命を奪った国の首相としては、未だ尚生きている遺族や退役軍人に対して、又このような誤った国策で太平洋戦争を引き起こし、日米合わせて500万人の将兵と2000万人ものアジア各国の市民に対して、一言「申し訳なかった」と謝罪の言葉を発することができなかったのでしょうか。首相側近としては、8月に広島を訪ねたオバマ大統領が原爆投下に対して謝罪の言葉を述べなかったことに平仄を合わせたということのようですが、戦争を仕掛けた国と、報復が過剰だった国とは,その罪責には自ずと違いがあってしかるべきで、最初に過ちを犯した国の方が謝罪してこそ「和解」の路が拓けるのではないでしょうか。この「和解」という言葉を首相のハワイ演説の草稿に挿入した首相側近、外務省幹部は、この言葉は罪ある人の口から発せられるものではなく、人々の間に真の「和解」をもたらす神のみが語られるものであることを、識らなかったようです。
 アレッポは、ゲルニカや重慶、広島や長崎の無差別爆撃の再現であり、人々の愚かさを歴史に刻むものとなりました。かつてスペイン人民戦線を空爆で打破したナチス・ドイツに倣うように、シリアのアサド独裁政権を支援したロシアが、中東の盟主になろうとしています。第二次世界大戦後の東ヨーロッパがソ連の支配下でどれだけ自由を奪われ経済的にも隷属状態に置かれたのか,その後身のロシアが、再びその覇権を中東アラブ諸国にまで及ぼそうとしていることを、イスラム社会は知らないのでしょうか。又かつての冷戦時代に覇権を争ったアメリカで、2017年に政権の座に着くトランプ大統領が、これにどう対応するかしないのか、全く不透明です。
昨年7月の英国のEU離脱声明以来、欧州で保守主義が勢力を拡大しています。そのなかでフランスやドイツで極右政党が議席を伸ばしていると聞きます。彼らはシリアからの難民を受け入れることを拒否し、路頭に迷う難民は、厳しい冬の到来で死者が出る有様です。これにアメリカのトランプ政権が自国優先政策を強行すれば、世界は1930年代の「少数の列強と大多数の貧困国家すなわち経済的植民地」に分かれて、政治情勢は一層不安定になるのではないでしょうか。今まで「日米同盟」を外交の基軸としてきたわが国は、いったいどの道を歩もうとするのでしょうか。見方を変えれば、今まで日米同盟と称してアメリカの核の傘の元で惰眠をむさぼってきた日本国民が、国際情勢の冷酷な現実に目覚める時ではないでしょうか。
 国内では福島の復興がおくれ、福島第1発電所の廃炉までには十数年にわたる放射能被曝覚悟の作業と、21兆円という途方もない補償費用がかかるというのに、その危険な原発を再稼動する動きが活発です。わが国民は、既に熊本地震や糸魚川大火災を通して、「恐れが四方にある」と警告されていながら、政府や電力事業者はどうして悟らないのでしょうか。「悟りのない民は滅びる」という旧約聖書預言者ホセアの警告が聞えてきます。
 この預言者の警告にどう答えて行くのか、私にとって、今年一年の課題です。
 

福岡佐高8期会例会場変更のお知らせ

 投稿者:上野政好  投稿日:2016年 6月11日(土)13時48分46秒
返信・引用
  福岡佐高8期会では平成13年から毎月8日(8日が日曜日の場合9日)に例会をやって参りましたが
この度西日本新聞会館16階福岡国際ホールから福岡大丸別館(西日本新聞東隣り)5階ロイヤル
レストランへ会場を変更致しました。時間も12時30分?12時00分となりましたので、お知らせ
致します。全国の佐高8期会の皆さんの参加をお待ちします。福岡佐高8期会 上野政好
 

謹賀新年

 投稿者:徳永 博  投稿日:2016年 1月 1日(金)07時45分46秒
返信・引用
  2016年初春のお慶びを申し上げます。
去年11月には、佐高同窓会で多くの方々との交誼を温めることができました。この中には他界した人たちが居なかったのは幸いでしたが、小生の親戚筋、職場の先輩、同僚たちの中に、多くの物故者がありました。また、国内および海外、とりわけパリやシリヤ、パキスタン、ジャカルタ等で多くの人が無差別テロや無差別爆撃によって、無残な死をとげました。それで、去年以上に「年賀状」を描く勇気がなくなり、同窓生諸兄姉に失礼していることを、お詫び申し上げます。中には「年賀状が来ないのは、徳永はもう死んだのか」と仰る方もいましたが、海外旅行もせず、テロや旅客機墜落にも遭遇せず、この通り元気でいます。
2016年には絵を描くこと、とりわけ「ノイシュワンシュタイン城の四季」の未完の部分を完成させることが、小生の夢です。今年も頑張りましょう。  德永 博
 

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